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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)9号 判決

主文

被告岩手県知事が、別紙目録記載の各土地について、昭和三二年三月一五日付買収令書をもつてなした、買収処分の無効確認を求める原告の第一次の請求を棄却する。

被告が前記各土地について前記買収令書をもつてなした買収処分を取消す。

訴訟費用は第一次請求、予備的請求を通じ被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告岩手県知事が別紙目録記載の各土地について昭和三二年三月一五日付買収令書をもつてなした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、右第一次の請求が理由がないときは予備的に主文第二項同旨および訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求原因として、

一、被告知事は別紙目録記載の各土地について、これを訴外武田清子所有の農地法第六条第一項第一号に該当する農地として、昭和三二年三月一五日買収の相手方を右清子、買収期日を同年七月一日とする買収令書を発行し、同年五月一六日右清子にこれを交付して買収処分をした。

二、しかしながら前記各土地は次に述べるとおりいずれも原告所有の農地で右清子の所有ではなく、前記買収処分は買収の相手方を誤認した瑕疵がある。

(1)  右各農地はいずれももと訴外高橋恒吉の所有であつたが、同人は右農地のほか宅地、家屋山林など相当の資産を有し、永らく他に家族もなくひとりで農業を経営していたところ、昭和一九年齢すでに六九才にもなり農業は勿論日常の雑事にも事欠く状態となつたので、遠縁に当る原告に身辺の世話を頼み、且つ将来は自己の家督をも継がせる意図をもつて原告に婚姻を申込んで来たので、原告はこれに応じて同年三月五日同人と婚姻しその旨の届出をした。そしてその頃原告は同人から右各農地を含めた同人の不動産全部の贈与を受けた。その後原告は贈与を受けた財産全部を自己のものとして管理し、特に農地については居村藤根村農地委員会に自己の所有地であることを届出で、右農地委員会もこれを認めていたが、右贈与による所有権移転登記は経由していなかつた。

(2)  一方右恒吉が昭和一九年七月初め頃中風となり臥床して再起不能となつたので、原告は以後女一人で暮すことの淋しさの余り当時一一才の児童であつた原告の実妹武田清子(旧姓菊池)を養子にしようと考え、右恒吉にはからず、また右清子の両親の承諾も得ることなく、原告一人でひそかに同年八月二〇日に右恒吉および原告と右清子との養子縁組届を作成して、これを藤根村役場に届出した。ところが右恒吉が同月二八日死亡したため、戸籍上右清子が同人の家督を相続したことに記載された。

しかしながら右養子縁組が養親の一人の恒吉に養子縁組の意思がないばかりでなく、養子の清子の親権者の代諾の意思もない無効のものであるので、原告は右清子を被告とし、昭和三一年一二月盛岡地方裁判所に右養子縁組無効の訴を提起し翌三二年八月二八日原告の請求を認容する旨の判決の言渡を受け、同判決は同年九月一一日に確定した。

したがつて右各農地は、原告が右恒吉から贈与を受けたものでないとしても、前記養子縁組無効の訴を認容した判決が確定し、旧法により家督相続人を選定しなければならない場合であるから、民法付則第二五条第二項本文により新法を適用し、結局原告が相続によりその所有権を取得した。

(3)  したがつて右各農地について右清子を相手方としてなした前記買収処分には買収の相手方を誤つた瑕疵があり右瑕疵は重大且つ明白であるから、右買収処分は無効である。右買収処分の無効確認を求める。

三、原告は前記買収処分に対し、右の瑕疵を理由としてこれが取消を求めるため、昭和三二年六月一五日被告岩手県知事を経由し、農林大臣に訴願を提起したが、まだこれに対する裁決がなされていないから、もし仮に前記買収処分の無効確認を求める第一次の請求が理由ないときは、予備的に前記瑕疵を理由として右買収処分の取消を求める。

と述べ、

被告主張、二の事実のうち武田清子が原告主張の日時旧岩崎村地内居住の訴外武田亘と婚姻し亘のもとに移住したことおよび買収手続に関する事実のうち、旧藤根地区農業委員会が前記各農地について農地法第八条第一項第二号の議決したことから買収令書の交付に至るまでの事実は認める。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の第一次の請求を棄却する、予備的請求を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

答弁として、

一、原告主張一の事実を認め、同二、三の事実のうち、別紙目録記載の各農地がもと訴外高橋恒吉の所有であつたこと、原告主張の日時右恒吉と原告とが婚姻してその届出をし、また恒吉と原告が当時一一才の原告の実妹訴外武田清子(旧姓菊池)を養子とする旨の縁組届かなされたこと、右恒吉が原告主張の日時に死亡し、戸籍上右清子が恒吉の家督を相続したことに記載されていること、右各農地についてなした買収処分に対し原告からその主張の日に農林大臣に訴願が提起されたが、まだ審議中で裁決のなされないこと、および原告主張の日時原告からその主張の縁組無効の訴が提起され、同請求を認容する旨の判決があり、確定したことの各事実は認めるが、その余の事実を否認する。

二、前記各農地は、昭和一九年八月二八日前記恒吉の死亡により前記清子が家督相続して承継取得したものであり、訴外高橋甚助に賃貸していた小作農地であるが、その後右清子が昭和二七年二月二七日旧岩崎村地内居住の訴外武田亘と婚姻し住所を右各農地の所在地である藤根地区からその地区外である右亘のもとに移したので、藤根地区農業委員会は昭和三一年六月一日右各農地について、農地法第六条第一項第一号に該当するものと認定し、同法第八条に規定する公示、書類の縦覧および通知の手続を経て、昭和三二年一月一八日被告岩手県知事に同法第一〇条の買収進達をし、被告知事は同年三月一五日右進達にもとずいて、買収令書を発行し、同年五月一六日右買収令書を清子に交付し、同年六月二一日右買収対価支払のため国庫金送金通知書を右清子に送達して買収処分をなした。

三、しかして右買収各農地の所有者は右清子であつて原告ではない。

(1)  原告は前記恒吉から同人の生前において右各農地を含む同人所有の一切の不動産の贈与を受けたと主張するが、そのような事実のないことは、昭和二八年八月に右清子が相続によつて承継取得した不動産のうち、右各農地を除いた宅地山林等を原告の現在の夫高橋盛松に贈与している事実によつても明らかである。

(2)  また前記養子縁組無効の訴は、右清子の所有する右農地が不在地主の所有する農地として買収されたことを知り、買収処分を免れるためになしたいわゆる慣合訴訟であり、そのような訴訟の判決は行政庁のなす買収手続を拘束するものではない。

(3)  仮りに右判決のとおり前記養子縁組が無効であるとしても、前記のように旧藤根地区農業委員会が、右各農地について農地法第六条第一項第一号該当農地と認定し、同法第八条の手続をしてから被告知事が前記買収処分をなすに至るまで、右各農地の公簿上の所有者は右武田清子であり、右農業委員会は買収に関する手続に着手するに際し、登記簿はもとより右清子が右各農地の所有権を取得するに至つた原因を、戸籍簿ならびに養子縁組届記載の証人等について調査して確認の上なしたものであり、しかも前記縁組無効の判決は、前記買収処分の終了後に言渡された確定したものである。

したがつて被告のなした前記買収処分に原告主張のような瑕疵がない。

四、なお、原告の前記買収処分の取消を求める予備的請求は、出訴期間の経過後になされた不適法な訴であるから却下さるべきである。

と述べた。(立証省略)

理由

一、別紙目録記載の各農地について、被告が訴外武田清子の所有する不在地主の農地として、被告主張の手続を経て買収処分をしたことは当事者間に争いがない。

ところで原告は本件買収対象の各農地は原告の所有であると主張するので、まずその点について判断する。

二、(1) 本件農地がもと訴外高橋恒吉の所有であつたこと、同人が原告と昭和一九年三月五日に婚姻しその旨の届出がなされたこと、同年八月二〇日に右恒吉および原告を養親とし訴外武田清子(旧姓菊池で養子縁組により高橋となり更に武田亘と婚姻して現姓武田となる)を養子とする縁組届がなされたこと、右恒吉が同年八月二八日に死亡し、戸籍上右清子が同人の家督を相続したように記載されたことは当事者間に争いがない。

ところで原告は右恒吉が所有していた本件各農地を含めた一切の不動産を同人と婚姻した頃同人から贈与を受けたと主張し、甲第三および四号証には、本件各農地について原告が当事者となつて小作契約および農地交換契約がなされた旨の記載があるが、証人高橋盛松および伊藤清俊の証言によれば、石清子が相続した宅地山林について、昭和三一年初め頃同人から原告の現在の夫高橋盛松に贈与されたことおよび同じ頃本件農地についても右清子から右盛松に贈与すべく、原告を通じ藤根村農業委員会にその手続の問合があつたが、同委員会書記から、小作農地は当該小作人以外に移転する旨の許可が得られないとの説明を受けて、右贈与を取止めた事実が認められ、このような事実に徴すれば、前記甲第三、四号証の記載は原告が本件各農地を管理していたことを窺わしめるに止まり、本件各農地を贈与されたことを証するに足りない。他にこの点の原告主張事実を認めるに足る証拠がない。

(2) 次に原告が昭和三一年一二月右清子を被告とし、当裁判所に対し前示縁組の無効の訴を提起し、翌三二年八月二八日原告の請求を認容する旨の判決が言渡され、同年九月一一日右判決が確定したことは当事者間に争いがないところ、右訴訟は人事訴訟法第二四条にいう養子縁組無効の訴であるが、この訴は、養子縁組届によつて創設さるべき養親子の身分関係について、縁組意思のなかつたことを理由として最初から縁組の効力が生じなかつたとすることに関し、その結果が第三者に対する影響の重大さはもとより一般第三者にも画一的に取扱しめる必要から、同法第一八条により訴を認容した判決の既判力を当該訴訟の当事者以外の第三者に及ぼさしめているのである。したがつて再審判決により取消されたことの認められない限り、たとい右訴訟に関与しない行政庁であつても、右の判決によつて確定された身分関係を争うことができないことはいうまでもない。したがつて、前記養子縁組が無効と確定された以上、縁組の有効であることを前提とする右清子の恒吉の家督相続をしたとの記載も無効である。清子において恒吉の財産を承継取得すべきいわれがない。

ところで右恒吉の死亡時に旧民法によれば、同人に法定家督相続人がなく、家督相続人を選定すべき場合にあたることは、弁論の全趣旨から認められるので、民法附則第二五条第二項本文により、右恒吉の相続に関し現行民法が適用せられるのであるが、原告が右恒吉の妻であり、恒吉には原告以外に相続人のいなかつたことは当事者間に争いがないので、結局本件各農地は原告において右恒吉の死亡によりその配偶者としてこれを相続しその所有権を取得したものといわなければならない。

三、そうだとすれば本件各農地の所有者を清子とし、同人を相手方としてなした本件買収処分が買収の相手方を誤つていることはいうまでもないのであり、その瑕疵は重大であるといわなければならない。

しかしながら本件買収処分当時における本件各農地の公簿上の所有者が前記武田清子と認められるべき状況にあつたことおよび前記縁組無効の訴の判決が言渡され確定したのは買収令書交付の以後であることは既に認定したところから明らかであるほか、証人伊藤清俊の証言によれば、旧藤根地区農業委員会において本件買収手続に著手する際、登記簿のほか戸籍簿や前記縁組届記載の証人武田富次らについて調査し、本件各農地が右清子の所有であることを確認している事実が認められる。そしてかかる状況下において被告が本件各農地の所有者を右清子と誤認したのは無理のないことと認められる。したがつて本件買収処分には前示のとおり重大な瑕疵があるが、その瑕疵は明白なものということができないからこの点において原告の本件買収処分の無効確認を求める第一次の請求はその理由がない。

四、次に原告の予備的請求について判断するに、本件買収処分の買収令書が、昭和三二年五月一六日被告から旧藤根地区農業委員会を経て、前記武田清子に交付され、同年六月一五日原告から右買収処分について、相手方の誤認を理由に取消を求めて農林大臣に訴願の提起がなされ、右訴願に対する裁決が本訴訟の最終口頭弁論期日までになされていないことは当事者間に争いのないところ、行政庁の違法な処分の取消を求める訴は、その処分に対し適法な訴願の提起がなされれば、その訴願に対する裁決がなくとも訴を提起することができるが、裁決のなされるまではその処分について訴願庁の審査の段階にあるのであつて、行政事件訴訟特例法第五条に定める出訴期間はいまだ開始しないものと解するのを相当とし、したがつて原告の本件買収処分の取消を求める予備的請求に被告主張のような出訴期間経過後に提出された違法があるものということができない。

そうだとすれば本件買収処分には前段認定のような買収の相手方を誤つた瑕疵があるのであるから本件買収処分の取消を求める原告の予備的請求はその理由がある。

五、よつて原告の本訴請求中第一次の請求を棄却し、予備的請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三四年四月一三日盛岡地方裁判所第二民事部)

(別紙目録は省略する。)

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